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刀 白鞘入り 拵付き
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波平住大和守平朝臣行安
なみのひらじゅう やまとのかみ たいらのあそん ゆきやす
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【銘文】(表)慶応四年辰八月日 (裏)波平住大和守平朝臣行安
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【寸法】刃長 : 76.0cm(二尺五寸〇分五厘)、反り : 0.9cm(三分)、元幅 : 3.35cm、元重ね :0.93 cm、先幅 : 2.2cm、先重ね : 0.66cm、目釘孔 : 2、刀身重量 : 1025g
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【時代】江戸時代末期 慶応四年(1868年)、同年9月8日明治に改元される。
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【国】薩摩
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【特徴】鎬造り、庵棟。身幅やや広く元先に差がつき、重ねやや厚く、鎬やや高く、腰反りついて中切先延びごころとなる体配。茎は生ぶで長く、約25.5cmほどある。銘は太刀銘に切り、茎先は刃上がり栗尻、鑢目檜垣。地鉄は良く詰んだ板目肌、柾ごころを交えて地沸細かく微塵につき、地中を密に蠢く様な地景が淡く現れる。刃文は中直刃、沸づいて喰違刃、二重刃を交える。帽子は掃きかけて小丸に返る。
波平(なみのひら)鍛冶は薩摩の地で平安時代後期の初代正国に始まり、明治初年まで連綿と続いた刀工集団で長船に匹敵する長い歴史を持つ。往時の波平の地は、錦江湾の浜辺に近く浜砂鉄を豊富に産出し、裏山には鍛冶炭になる椎や栗の木が生い茂り、陸海の交通の便も良く販路も拓けていた等、作刀にすこぶる良好な立地条件を備えていた。大和の鍛冶であった正国は永延(987〜989)頃に薩摩に移住したと伝え、正国の子を行安といい、以降一派は「行安」或いは「安行」を嫡流的名称とする。日本刀最古の年紀である平治元(1159)年八月二日の年紀銘を切った行正も波平一派の傍系の刀工であり、平安時代からこの派が活躍していたことを物語っている。
古刀期 : 平安後期(11世紀)〜南北朝期(14世紀まで)の作を古波平、室町期の作を波平、室町後期(15世紀末)〜戦国時代(16世紀)までの作を末波平
新刀期 : 慶長(1600年前後)〜天明・寛政頃(18世紀後期)までの作を新刀波平
新々刀期 : 江戸後期(19世紀)〜明治9(1876年)年廃刀令までの作を新々刀波平と呼ぶ。
波平一派が平安期より幕末・明治の行安まで連綿と命脈を保っているのは驚くべきことでこれほど長きに渉って命脈を保ち続けた刀鍛冶の系統の存在は全国数多い諸流派の中でも唯一です。備前も同じく平安期より明治まで幾多の刀工を輩出していますが、古備前、福岡一文字派、吉岡一文字派、長船派、と様々な流派が出現しており、波平が同一の流派で延々と栄えているのとは形態が異なります。
天正年間に薩摩は、対馬と筑前・豊後を除く九州掌握に至るまでに夥しい数の家臣団を膨張させますが、秀吉の制圧に抗いきれず旧領国に押し戻されると、彼らを賄う方策として外城制度を設け、半士半農で軍事や行政に当たらせました。そのような訳で、泰平の世を背景に他藩では刀鍛冶の衰退が見られた江戸中後期においても武士の数の圧倒的多さから刀剣の需要は依然としてあり、薩摩では刀工が栄え続けました。中世から近世を通じて島津氏がこの地を掌握してきたこともその繁栄に必然的な基盤であったようです。
同派の「波平行安」は、ちょうど「波平かにして行くこと安らか」と読める事から、往時は波平の作を帯刀すれば海上安全とする信仰が生まれ、水軍に珍重されたといい近代では海軍軍人に好まれました。
本作の新々刀波平行安は、天保頃の二代安利(初代安利は元平門)の子、又は弟と伝え行周(後銘 行安)の養子、名を勘之丞と称し、初銘は安邑と切る。安政5(1858)年大和介、慶應元(1865)年大和守を受領する。これ以前は相州伝も多いが、受領後は「大和守」を強く意識したためか、大和伝の特徴を現した作を残している。本作は、受領から三年が経過した慶應四年の作で、板目肌流れごころに柾を交え、地沸細かくつくよく詰んだ地鉄鍛えに美しい直刃刃文、刃中に喰違刃、二重刃を見せるなど大和伝が強く現れていると同時に刃縁は明るく冴え覇気ある沸の妙味が味わえるなど、相州伝の趣も活かして、派手ではないがどこか垢抜けた作となっています。時代は幕末から明治へ、激動の時代に波平の伝統を守り抜かんとした行安の真摯さに心打たれる、地刃ともに健全で貴重な一振りです。
同行安の銘には「波平行安」「正国六十三代孫波平住大和介平行安」「正国六十三代孫波平住大和守平朝臣行安造之」「波平住大和守平行安」「薩摩波平正国六十三代波平勘之丞」、年紀銘は、嘉永二・三、安政三・六・七、万延二、文久二・三、元治元・二、慶応二・三・四、明治元・二・三・四・五・七がある。
拵 : 黒呂色塗鞘、紺色糸諸捻巻柄、軍配図目貫、梅図銀地縁頭、菊透図鍔(大きさ9.40cm×9.27cm、耳重ね0.69cm)、正絹深緋色下緒
長さが約32.5cmある長い柄に薩摩拵の特徴である内反りの形状を見る事ができます。柄が内反りになっている理由は、刀を打ち込んだ際の構えが同じでも、柄が内反り形状になっている方がより深く斬り込めるからで、「平常は決して刀は抜くべからず、またやむを得ず抜いた場合は一の太刀で必ず相手を倒すべし」という薩摩ジゲン流の気風がこのような箇所にも貫かれています。
詳細画像もご覧ください。→ 全体拡大画像 光にかざした画像 白鞘、ハバキ 拵え詳細 拵え拡大画像
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【付属品】素銅地銀着一重ハバキ、拵え、刀袋、登録証(昭和37年12月1日交付 和歌山県8729)、特別保存刀剣鑑定書(日本美術刀剣保存協会)、藤代松雄氏正真鑑定書。
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【商品番号】 A070711 【価格】1,600,000円 (送料・消費税込み)
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