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<ア行> 語句
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意味・説明
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赤坂鍔
(あかさかつば) |
初代赤坂忠正以来、九代忠時まで江戸時代二百数十年に渡り隆盛を誇った家系。もともとは京に有縁の鍔工。初代は有銘のものはない。鉄地に丸形丸耳、やや厚手で笹竹・輪違い・斧など地透かし。上代のものは切羽台上端が尖りごころとなる。忠重は初代の門人あるいは実弟、作域多様で毛彫りが特色。 |
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江戸金工
(えどきんこう) |
平田(七宝)派、代表工は道仁、春就。七宝技術を一子相伝に継承し徳川幕府の抱え工として活躍。桃山時代から明治まで続く家系。 横谷派、代表工は宗珉、宗興、元禄から享保の活躍顕著、柳川派・石黒派・大森派など多くの分派を生み出す。宗珉は狩野派の画風を取り入れ片切彫りの彫技を創始し賞賛された。高彫色絵も得意とし、その後の彫金界に大きな影響を与えた。 柳川派、代表工は直政、直光、直春。直政は横谷宗珉の直門で横谷式の赤銅魚子地に高彫色絵の作風を得意とする。柳川直政(花押)の銘が多い。直春門から後に河野春明が出る。柳川一門の目貫は短冊銘が多い。 石黒派、代表工は政常、政美。初代政常の師が柳川直政と加藤直常で横谷系に分類されるが独自の華麗な作風を確立、江戸金工中でも屈指の一派を形成。猛禽類は当派の独壇場である。赤銅魚子地に高彫色絵。 大森派、代表工は英昌、英秀、英満。江戸中期から後期に活躍。縁頭や小柄に牡丹獅子の図、鍔に猛虎の図などがある。赤銅魚子地に高彫色絵。 吉岡因幡介家、後藤家などとともに徳川幕府の抱え工として活躍。初祖の豊後介重次は京都の出身、豊後守を受領し慶長年間に家康の招きで江戸に下る。因幡の銘は江戸時代後半期のもので四代重広以前はすべて無銘。 奈良派、代表工は利寿、乗意、正長。横谷派と並び彫金界の二大主流を形成。奈良彫りと呼ばれる堅実でたがねの利いた工法で作品を多数残す。小柄に次いで縁頭・目貫・鍔が多。赤銅魚子に高彫色絵、草花や魚鳥など小動物が画題。 利寿、乗意、安親は「奈良三作」と賞美される。利寿の正作には縁頭、小柄が多く目貫は稀。鍔は数点。人物、花鳥、動物が画題。杉浦乗意は地鉄に四分一を多用するが鉄地もある。図柄に輪郭を入れず際から掘り起こし地より高くせず図柄を浮き立たせる肉合彫りの工法を開発した。技法の冴えは同手法の作を残す水戸金工の追随を許さないがわずかに浜野矩随が迫る。 浜野派、代表工は政随(しょうずい)、矩随(のりゆき)。政随は豪快な高彫り、矩随は丁寧な薄肉彫りが得意。政随の号は乙柳軒・味墨・閑径ほか多用。矩随は同名で初二代あり。浜野派は一門子弟の数江戸金工各派で最も多い。 土屋派、代表工は安親。出羽庄内生まれ、同地の珍久に師事し34歳で妻子を師に預け単身江戸に赴く。奥州松平家に二十人扶持で抱えられるもその職を辞し芸術への道を貫く。61歳で出家し東雨と号す。斯界で、宗珉・利寿・長常に互して第一級と格付けされる、詩情ある確実な工法による作域が見どころ。 伊藤派、正長に始まり、江戸初期後半から明治までその華麗で精巧な作風で人気を博した。伊藤派は江戸伊藤と小田原伊藤の二派からなり、同一の金工が相互に転住した。丸形の赤銅または鉄の板鍔で、透かし、肉彫り、象嵌、色絵を施し図柄は草木を好んで彫刻、巧みな技量を発揮している。 岩本派、代表工は昆寛、良寛。岩本昆寛は江戸っ子気質の職人で風流洒脱な作風を築いた。鍔には釜洗、月見の船人、安宅などの人物図、縁頭には牡丹、小柄には蛍・河豚、目貫には時鳥の図など。昆寛は奈良式のたがね使い、良寛には横谷風の彫技が見られる。 |
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応仁鍔
(おうにんつば) |
呼称の根拠は応仁の乱の頃に創始されたことによる。甲冑師鍔の流れを汲み鎌倉鍔にも似通うところがある。薄手の板鍔、丸形、鎚目仕立て、鉄地に真鍮象嵌、切羽台や櫃孔をぐるりと縁取りした線象嵌が特徴。当時真鍮は金にも優る貴重品であった。有銘は無し。鎌倉鍔同様地がねに艶のでないものが多い。 |
| 尾張透し鍔 (おわりずかしつば) |
室町時代後期から江戸初期。京透かしとともに透かし鍔の双璧をなす。力強く線が太い。鎚目の跡や耳の鉄骨、実戦の用途を重んじた肉置きの良さや鉄色の冴えが魅力。安定感がある。丸形に次いで木瓜型が多い。切羽台は耳際より低いことが多い。櫃孔は丸みを帯びており、角耳小肉。雁、茶壺、蟹、家紋等。 |
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<カ行> 語句
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意味・説明
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甲冑師鍔
(かっちゅうしつば) |
室町〜桃山期にかけて製作の最盛期でまれに南北朝と鑑られるものがある。甲冑師鍔には梅花や桜花の小透かしがよくあり、甲冑に付属する面頬の耳の部分に似ていることから後世このように名付けられた。専門の甲冑師の製作によるものという意味ではない。薄手で角耳が一般的、土手耳・鋤返しなどの桶底形の耳あり、透かしは小模様、鎚目仕立てが多い。 |
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金山鍔
(かなやまつば) |
室町中期から戦国時代、尾張または美濃で製作された鍔。尾張透かし鍔群の中でも柳生鍔に共通点がみられる。丸形で厚みがあり、小振で堅く締まった作風、黒みがかる鉄質で耳に鉄骨が出るものもあり武骨な趣。江戸以降は平凡になる。 |
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金家鍔
(かねいえつば) |
山城国伏見に居住した鍔工・金家は、それまで図案文様的であった鍔の意匠を初めて写生風なものとした先覚者で名人。桃山時代に活躍した。当時流行した絵画を巧みに取り入れた。作風は鉄地薄手、高彫り・鋤出し彫り、据紋、象嵌の手法を加え図柄は唐風の人物や山水等。達磨図、毘沙門天図ほか重要文化財指定も。 |
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鎌倉鍔
(かまくらつば) |
室町後期から江戸初期が全盛期。鎌倉鍔という呼称は近世名付けられたもの。鎌倉鍔は手入が難しく光沢が出にくいものが多い。すべて無銘。薄手の鉄地の板鍔に、唐草・菊・丁字・塔・山水、橋など鋤き出し彫りを施す。 |
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京透し鍔
(きょうずかしつば) |
山城国で製作された地透かし鍔。優雅で巧緻、洗練された表現が特徴。鍛錬の良い地鉄で平面的に仕上げ、無駄がなく、透かし際が切り立っている、縦長で耳は角耳小肉、やや薄手。図柄は八つ橋、沢潟、蘆、茗荷など。 |
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後藤家
(ごとうけ) |
始祖・祐乗が足利時代後期に出現し、徳川時代末期の典乗に至るまで17代に渡りほぼ400年間継承され装剣小道具を製作した著名家。祐乗、宗乗、乗真、光乗、徳乗、栄乗、顕乗、即乗、程乗、廉乗、通乗、寿乗、延乗、桂乗、真乗、方乗、典乗と宗家が続く。初代は足利義政に、光乗は織田信長に仕えた。将軍家に仕えたことから「家彫り」と呼ばれる。五代徳乗以前の後藤家は小柄・こうがい・目貫以外は作らなかったが、徳乗の活躍した桃山時代から、鍔も製作する。また「脇後藤」または「同苗家」と称される分派が生まれたのもこの頃である。後藤家は京都を本拠としたが、寛永2年八代即乗が三代将軍家光の招きにより江戸に出府、九代程乗は加賀前田家へ出仕し加賀後藤派の発展に尽力し、十代廉乗の時代・寛文2年に幕命を受け以後、後藤宗家は江戸京橋に定住する。七郎右衛門家から出て八郎兵衛謙乗の養子となった後藤一乗は後藤家の最期を飾る名工。幕末に衰微した後藤家にあって多方面に活躍、多くの門人を育てた。 |
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<サ行> 語句
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意味・説明
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最上大業物 (さいじょうおおわざもの)
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古刀では、「備前長船兼光・関の孫六兼元・和泉守兼定・備前元重、三原正家、長船秀光」の六名。これに新刀の「虎徹・ソボロ助広・初代肥前国忠吉・興正・山城の国包・多々良長幸・三善道長・陸奥守忠吉」の八名が加わった合計14名を言う。幕末の囚人の首切り役を職とした山田浅右衛門吉陸が発表した番付で、以下大業物、良業物、業物とつづく。 |
| 据文 |
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<タ行> 語句
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意味・説明
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<ナ行> 語句
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意味・説明
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信家鍔
(のぶいえつば) |
尾張出身、初代は桃山時代初期、二代は桃山時代後半から慶長・元和頃。造形・地鉄・地紋など優れた技術を発揮、鉄地はやや厚手、切羽台から耳へ向かうにつれ厚みを加える。雅味ある毛彫り、鋤出し彫りや小透かしも有り。図柄は亀甲・松葉・海草・朝顔・雲竜など。戦国武将の心情や悲哀を表現する。 |
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<ハ行> 語句
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意味・説明
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平安城鍔
(へいあんじょうつば) |
室町時代後期から江戸時代初期ごろ作られた。初めは応仁鍔のように真鍮だけを据文象嵌したが、しだいに金・銀・赤銅・素銅など各種色がねを併用、さらに時代が下がると据文象嵌様式から平象嵌様式へ変化。鍔の形状も多様。桃山時代以降"平安城住○○"、"山城住○○"等、まれに二字で個銘をきるもある。後の正阿弥派・埋忠派・肥後の象嵌に影響を与えた。 |
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法安鍔
(ほうあんつば) |
法安初代は山吉初代と尾張鍔の双璧をなす。室町後期。地鉄は鎚目地または阿弥陀鑢、形は長方形が多く風格有。法安二代は鉄質に赤みがあり「うわばみ鉄」と異称され強度がある。初代は切羽台右に二字、"紀伊国法安"、"紀伊住法安"は二代。法安家系中兼信は優秀。代々安芸国で浅野家の抱え工として活躍。 |
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<マ行> 語句
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意味・説明
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正宗十哲
(まさむねじってつ) |
貞宗三哲もあり。 |
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<ヤ行> 語句
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意味・説明
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山吉鍔
(やまきちつば) |
室町時代後期。山吉初代は織田信長の抱え工で、兜などの武具製作を本業とした。武用を第一義とする古拙さと地鉄の剛健さが特徴。初代は撫木瓜、長方形が多く焼手仕上げ、黒みを帯びた艶のある地鉄。図柄は車透かし、雲・鎌・蜻蛉などの小透かし。二代山吉も巧手、阿弥陀鑢の工法は法安兼信に共通。耳は打ち返し、鋤残し。桃山から江戸初期に渡る。三代は桜の刻印がある。 |
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柳生鍔
(やぎゅうつば) |
江戸初期から中期、尾張の柳生連也斎が創始。作風は金山に類似、小振で重ね厚め、丸形に次いで木瓜型が多く異形もあり。武用専一の感覚にじみ出る図柄、有銘は無し。図柄は采配・立浪・鬼車・秋雁・風帆・釣瓶・波千鳥・風神雷神等。 |
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与四郎鍔
(よしろうつば) |
桃山時代に活躍、流派は江戸初期に及ぶ。山城国が中心であるが全国的に工法が流行、加賀や備前にも同作あり。代表的な個銘"小池与四郎直正"、和泉守を冠したものもあるが普通は無銘。耳際の肉薄い仕立てに真鍮平象嵌、額縁式に巴・花・紋を透かし連ねる。 |
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<ラ行> 語句
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意味・説明
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<ワ行> 語句
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意味・説明
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業物 (わざもの)
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最上大業物、、大業物、良業物の次に斬れ味が良いとされる刀。 |
参考文献 : 『趣味の日本刀』 大河内恒平/柴田光男 著、『鐔小道具鑑定入門』飯田一雄/若山泡沫 著
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